ひたかみの魔女

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−千年を眠りし果ての夢−

この物語を、草稿を読み、おだててくれた彩女さんに捧げます。 とびたか・ろう

<前口上>
「小ネタ」と称して、超短編とも小話ともつかぬ短い物語を百を超えて書いてきました。
そのなかで以前の物語に使ったキャラクターを別の話で使うという「おなじみキャラ」も生まれました。
手塚マンガに出てくるヒゲオヤジのように、同じキャラではあるが、話が変われば別人。だけど別人ではない。
そんなイメージで使いまわしています。
県営住宅に住む「魔女だという噂」のおばさん(口癖は「千年を生きたこのおばば」)と、
そこをひょっこり訪問する男の子。このコンビにもよく登場してもらいました。
そしてその魔女のおばさんの若い頃をほのめかす物語を書いたところ、彩女さんから
>とびたかさ〜〜〜ん
>魔女のおばさんの若いときの話を、聞かせてよぉ〜〜^^
とのリクエストが
うーん。女性のわがままにめっぽう弱い私です。
「若い魔女の物語ねえ」
なにやら浮かんできた。
けれど。
短い話をサラリと読んでいただく、そのために作り出した文体で書き始めたのですが、少し長くなりました。
でも基本はサラリのまま。
私の小ネタ話に付き合ってくださったことがある人はよりいっそう、そうでない人も、それなりに
楽しめる物語にできたと思ってます。


■巻の1「沙羅」

「ねえ、魔女のおばさん」
あれ、椅子に座ったまま眠ってる。
そういえば去年死んじゃったおばあちゃんも、縁側に座ったまま、よく居眠りしてたっけ。
本を読んでたのか。
ちょっと見せてもらうよ。
えー、なんか見たことない文字だぞ。外国語なんだろうか。おばさん、外国語が分かるのかな?
それにずいぶん古い本だよね。
あれ、何か見えてきた。
部屋の中、粗末なベットに男の人が寝てて、そばに立ってる女の人が心配そうに覗きこんでる。
ものすごくきれいな人だな。


「沙羅」
「アキラ、目が覚めたの。起こすつもりはなかったのに」

サラっていうのか、あの女の人。

「ずっと前から目は覚めていた。けれど眠ったふりを続けて、君が帰ってくれるのを待っていた」
「どうして」
「はっきり言ったろ。君との婚約は取り消しだ。もう僕のことは忘れてくれ」
「またそれを言う。
今はよしましょう。アキラはとっても大変なことになって、気持ちが落ち込んでいるだけよ。
元気になってから、きちんと話し合いましょ」
「元気になんかなるわけないだろ。足がないんだ。二本とも」
「大丈夫。ラダンに住むおじさんが義足を作ってくれるわ。
国で一番の腕の職人よ。
おじさんが言ってくれた。それだけ足のつけねが残っていれば義足で歩くことも不可能じゃないって。
ものすごく大変な練習をしなければならないそうだけれど、アキラなら出来ると思う」
「言ったじゃないか。そんなことをしても、僕はもう君を抱けない。僕はもう男じゃないんだ!
まさか、そこにも義足をつけるのか。ははは、さぞや腕のいい職人に頼んでくれるんだろうね」

なんかやな男だね。言ってる意味がよくわからないけど、沙羅って女のひと、むちゃくちゃ辛そうじゃないか。
自分がお見舞いされてるんだろ、もう少し優しいことが言えないのかなあ。
おや、場面が変わった。家の外だ。木とレンガの家か。外国なんだ。でも小さな、貧しそうな家だな。
小柄なおばさんが沙羅さんを呼び止めたぞ。

「沙羅さん」
「アキラのお母様」
「お願いですから、もう来ないでください」
「お母様までそんなこと」
「そんなことではありません。戦争に行ってあの子はああなりました。辛いことです。
でも、帰らない若者もたくさんいました。生きて帰ってくれたことを、喜こばなければならない。
私はそう思っているのよ。
でも、あなたが来るたびにアキラがどんなに苦しんでいるか、あなたは分かっていません。
辛いことになった私の子供の心を、これ以上いたぶらないでください」
「いたぶるなんて」
「あなたにそのつもりがないのは分かります。でも結果はそうでしかないんです。あの子は、
私が生涯、めんどうを見てやります。あの子が死ぬまで、なんとしても長生きするつもりです。
もう、あなたは忘れてください」
「アキラへの私の気持ちは変わりません」
「今はそうなんでしょうね。ありえないことなのに、あなたの気持ちがそのままであるなんてことを
アキラが信じ始めたころに、あなたは冷静に現実を見つめ始めるんです」
「そんな」
「そんなことは無いと言うの。気がついてますか。あなたはすごく傲慢ね」

このおばさんも、きつい人だな。でも、優しさもあるようだな。
いい人どうしみたいなのに、なんでこんなに辛そうに話するんだろう。
あっ、また場面が変わった。
ベッドに寝てるのはおばあさんだ。
そばにいるのは女の子。可愛い子だな。
あれ、沙羅さんに似てる。似てるんじゃなくて、沙羅さんの子供のときだ。

「サラ、言っておくことがある。しっかり聞きなさい」
「なあに、おばあさま」
「お前に聞かすにはまだ早いことなのだが、私ももう長くない」
「長くないって、なにが」
「それはいい。いいか、意味が分からなくてもしっかりと覚えておきなさい。
お前には悲しい血が流れている。私にも、お前の母親にも流れている血が」
「悲しい血」
「お前には悪魔と契約を結ぶ力がある。けれど決してそれをしてはならない。
悲しい結果にしかならないのじゃ」
「悪魔ってなあに」
「ゼツボウが姿になったものだ」
「ゼツボウ?分からない」
「わからんでも覚えておけと言っただろ。私はそのいいつけを守った。だが、お前の母親は守れなかった」
「お母さんが?それでお母さんは死んじゃったの」
「そうじゃ」

ゼツボウって「絶望」のことかな。よく使うじゃん。で、悪魔と契約だって。そりゃしちゃいけないよね。
でも、沙羅さん、こんなこと思い出しているってことはまさか。
やっぱりだ。場面変わって、古びた半分壊れた石の建物。そこに入り込んで、沙羅さん床に変な模様を書いている。見たことある。あれは悪魔を呼び出すときのやつだ。わっ、手首を切って模様の真中に血を。
いきなり空中に変なのが姿を現したぞ。尻から落っこちた。ビテイコツ打ったな。痛がっている。
あれ、痛いもんな。僕よりちびっこいけど、お約束通りに角も尻尾もある。
悪魔だな。でも、間の抜けた顔だよな。

「ててて。すごい力でひっぱりやがって。ちっとは加減してくれよ」
「はじめまして。私の名は沙羅」
「こりゃご丁寧に。おれは偉大なる悪魔、ダカヒっていうもんだ。
人間のあんたがおれに何の用だ。…なるほどね、その若い男の体を元に戻すのかい」
「あなたにそれが出来ますか」
「違うよ。おれがするんじゃない。おれはあんたの中にある能力を目覚めさせてやるだけだよ。
まあ大丈夫だ。おれを引っ張り寄せた力からして、あんたの力はかなりのもんだ」
「私にそんな力が」
「あるよ。ただしそのためにはおれを、あんたの中に取り込む必要がある」
「取り込む?」
「そう。あんたが死ぬまで、あんたと一緒だ。
あんたが自分の能力で、大金もちになろうと、なにをしようと邪魔はしない。
ただ、ときには我々の為に仕事をしてもらう必要がある」
「我々?悪魔の仕事ってなに」
「今、それを知る必要はない。知らないで承諾できるかな」
「できるわ」
「よく考えなよ。あまりお勧めはしないぜ」
「どうして。悪魔は契約してくれる人間をいつも求めていると聞いているのに」
「うーん。おれほどの偉大な悪魔になると相手を選ぶ」
(実はおれ、結構下っ端の悪魔だから少し考えさせてくれだなんて言えないよな)

なんだ。このダカヒってやつが喋ってないことまで聞こえるぞ。そうか心のつぶやきってやつか。
本だもんね。それも聞こえるんだ。

(これだけの力のある体に取り付けるチャンスはめったにないぞ。でもこいつの力の底が見えない。
そういうのにくっついていいものか、自信ないよな)
「また別のやつを引っ張りだすんだな。あんたにお似合いの下級悪魔を」
「そんな。次にまた悪魔を呼び出すためには月が10回、満ちるをまたなければならないのです。
そんなに待っていられません」
(うーん。力の底をさぐればさぐるほど。出世のチャンスかもしれんが)
「そうかい。あんたがそうするというなら、断わらないが。あんた、ひたかみって知ってるか」
「ひたかみ?なんでしょう」
「いや、なんでもない」
(そんなわきゃあないさ。隕石が落ちてきて当たる心配をするようなもんだ。そこまで心配してたら出世はできん)
「じゃあ、おれの頭に手を置きな。そうして願うんだ。強く、そうなって欲しいことを」
「少し熱い」
「どんどん熱くなる。けど我慢しな」
「わかった」

やめろよ沙羅さん。そんなに顔をしかめて。手がものすごく熱いんだろうな。あっ、ダカヒの姿が消えた。
うわ、沙羅さん…。だからやめたほうがいいって言ったのに。

「上等、上等、こんなに早く目覚めるとはね」
「どこから話してるの」
「気にすんな、そのうち分かる。それより、愛しい男のことが気になるだろ」
「ほんとうに、こんなことで」
「ああ、あんたはもう能力が目覚めたんだ。男の体を治しただけじゃなく、いまそいつが何をしているか、
見ようとすれば見えるはずだぜ」
「…見える。アキラが毛布をとって叫んでいる。お母様が部屋に駆け込んでくる」
「しかし、遠くは見えるが、近くは見えない」
「近く?」
「あんたの自身の姿だよ。不便なもんだね。ほら、これをプレゼントしてやるよ」

沙羅さんの手に鏡が。
裏の模様は、ミルクを飲んでいる女の子と、それをおねだりしている三匹の猫。
悪魔のくせに可愛いの出すじゃないか。


「ほら、自分の顔をみてみな」
「…」

「まっ、魔女ってのは老婆と相場がきまってるんだ。その程度は我慢しな。
それにばあさんのような姿になるのは顔だけだ。
体はピチピチのままだ。あの男もそうがっかりはしないさ。ただし体には」
「体には?」
「胸をはだけてみな」

わっ沙羅さん、ナイスバディだ。でも刺青?ダカヒの姿だ!

「わかったかい。おれはいつもお前と一緒にいる。さて愛しい男のところへ行こうか」
「行けない」
「どうした。そんな顔じゃ、男に愛想をつかされると心配なのか。
その程度の男のために頑張ったのかい。だははは。
だが、心配するな。お前はもう魔女だ。その顔だって化けることができるんだ。
元の顔にも、もっと色っぽい顔にもな。だが、本当の顔がそれだってことは忘れるなよ。
油断をしてると素顔をさらしてしまうからな」
「分かっている。私の素顔がなになのか。この素顔のまま会ってもアキラは私を愛してくれると思う」
「おやおや、たいした自信だ。でも化けることを勧めるぜ」
「でも、やっぱり会えない。自分がそうなったときどう感じるのか。傲慢だって言われた意味がよく分かった。
私、ものすごく傲慢だった。アキラのことは忘れる」

なんかムツカシイ話になってきたな。
きれいな姿に化けられるなら、そうしてアキラさんとこへ行けばいいに。
それでハッピーエンドじゃないか。


「やれやれ、なんのために魔女になったのやら。
しかしまあ、あんなケチな男にこだわることはないか。これからあんたは、金にも男にも不自由はしない。
せいぜい人生を楽しんでくれ。そのほうが俺も退屈しないですむ」

そういうことになるのかなあ。
なんか変な終わり方。あれ
「続巻に続く」って書いてある


「こりゃ小僧」
げっ、魔女のオバサン目をさました。
「勝手になにをしている」
「なんにもしてないよ」
「まさかこの本、読まなかったじゃろな」
「よっ、読むわけ無いさ。ぱっと見ただけでも外国語って分かるじゃん。そんな外国語は読めないもん」
「そうか。ならいいが」

ふー。やっぱり勝手に読んじゃいけないものだったんだ。でも、あれは誰の話なんだろう。まさか…
「サラ!」
「…皿がどうした」
「えーと、さっき食器棚を勝手に覗いたんだけど、皿が割れてないか心配」
「なんじゃと。あそこには色々と魔力のある食器が」
うーん、どうだろう。一瞬、びくっとした気配があったような。
それはともあれ、続きは何処にあるんだ。



■巻の2「ホエル」

「ねえ魔女のおばさん」
あれ、また寝てる。本当にまだ千年も生きるのかな。普通のお年寄りとあんまり変わりないように見えるけど。
こないだの本をまた読んでいたのか。いや、ちょっと違うぞ。続巻?
ごめんね。読ませてね。
見えてきた見えてきた。森の中かな。小さな小屋があって、その前の木のテーブルと椅子におばあさん、
いや顔がおばあさんなだけだ。沙羅さんだ。沙羅さんも本を読んでいるや。
聞こえるのはダカヒの声か。


「おい、今日も本を読んで終わりかい。町へ出ないのか。
とびっきりの美女になって男をひっかけて、どんちゃん騒ぎとかしないのか」
「そんなことには興味はないの」
「まっ、それはあんたの勝手だが、いつまでもここにはいられないぞ。そろそろ仕事をしてもらう」
「仕事ってなに。ようやく教えてくれるのね」
「簡単なことだ。まずは男をひとりたぶらかす」
「男を」
「ああ、ホエルという男だ」
「聞いたことがあるわ。動く城と呼ばれるところに住んでいる吟遊詩人たちのリーダーね。
ろうろうと響く声、吼えるような激しい詩句が評判よね。咆哮詩人ホエル」
「ホエルの動く城などと名乗っているが、ボロアパートみたいなもんだ。
だが何処にでも姿を現す仕掛けをもつめんどうなものだ。
やつら、人々が集まっているところに突如現れては妙な歌を吼え、保安隊が駆けつけたときには姿を消している」
「その男をどうすればいいの」
「咆哮するのをやめさせればいい」
「殺すの?」
「そんな必要はない。というか殺しちゃまずい。リーダーの堕落してゆく姿を、仲間に見せるためにはな」
「なんで吟遊詩人が悪魔の邪魔なの」
「西の国が悪い王さまに支配されているという話は聞いてるだろ」
「ええ、その王がイルという強力な魔法使いに支配されているとも」
「王族だけが贅沢ざんまい。国民は餓えている。
それなのに戦争の準備をすすめ、恐ろしい魔法兵器を開発しようとしている」
「そういう噂ね」
「だから、さきにこちらから攻撃して、悪い王を倒せという声がこの国に沸きあがっている」
「そう言っているのは自分は戦争に行かない人たちでしょう。東の国との戦争もまだ続いているというのに」
「だがこの国の民衆は、もっと戦争したいのさ。なのに吟遊詩人たちが、ふいに街角に現れては
♪あんたセンソで死ねますか、とか♪どしゃどしゃどしゃぶり爆弾がなど、
すっとんきょうな歌を唄って好戦的な気分に水をさす」
「戦争をさせたいの?」
「当然だ。少しだけ教えてやる。悪魔はな、人間の悲しみを食事にしてるんだ。
そろそろパーティの時期でな。たっぷりのごちそうが必要なんだ」
「そのために邪魔なの、吟遊詩人が」
「邪魔者はいっぱいいる。そのひとつに過ぎないがな」
(俺のような下っ端悪魔にはけちな仕事しかまわってこないのさ)

つまり沙羅さん、戦争がはじまる手助けをするの。しないよね。アキラさんのような人が増えるのに。
でも、なんだろう、沙羅さんのあきらめきったような顔は。



しかしまあ、あのホエル。簡単に誘惑されちゃったな。よっぽど女の人にもてたことがなかったんだ。
あっという間に美女に化けた沙羅さんと一緒に山小屋暮らしだ。


「サーラ。どうして、ここで二人で静かに暮らすのじゃだめなんだい。君がそうして欲しいというから、歌を捨てた。
仲間を裏ぎった。なのにまた歌を作れっていうのかい。しかも戦意を高める歌だって。いくら君の頼みでも」
「中途半端な人ね。静かに退いて、それで人生を終わらせるつもりなの。私はそんな根性なしは嫌いよ」
「でも僕には無理だ」
「あなたの才能を信じるのよ。西の国との戦争がはじまって国民は好戦気分に涌いているわ。
その気分を後押しする歌なら絶対に売れるわよ」

ホエルの作る歌。なんかうきうきするな。そうだよ悪い国はやっつけるんだ。正義の味方になれる気分だよ。

「どう、私の言ったとおりでしょ」
「すごいよ、ありがとう。言ってくれたとおりにしたら、印税が、がっぱがっぱ。
僕はねえ、貧しい育ちでね。お金なんてくだらないと思っていた。でもそれは、あのぶどうはすっぱいだったよ。
お金持ちになるのが、こんなに楽しいなんて。さて節税が問題だぞ」

大人ってお金に弱いんだな。ダカヒがあきれている。

「だははは、沙羅さんいい仕事したね。
でももう、あいつも用済みだな。昔の仲間に刺されて死ぬなんてのがいいかな」
「それも私がお膳立てするの」
「いやいや、そんな仕事は下級悪魔にまかせればいい(この仕事がうまく行ったので、おれも昇格だ)。
つぎはもう少し手ごわい相手だ。ドクトル・トビタという名の学者だ。
戦争をなくすための研究などという無意味なことをやってる。こいつを殺す」
「殺すの。簡単な仕事ね」
「だが、そいつを守るための魔女がついている」
「魔女が?」
「そうだ。イルが送り込んだ魔女だ」
「イルが?イルも悪魔の手先なんでしょ」
「えらいさんのことは良く分からんが、上の方の悪魔にもいろんな考えがあるようだ」
「上の方の悪魔?ダカヒは違うの」
「ゴフォ。まあ上には上があるということだ。
それはともかく、派手な戦争にしたがっているのと、いつまでも続く泥沼のような戦争にしたがっているのとがいる」
「その男は泥沼の戦争のための道具なの?」
「そう。派手な戦争があれば、その後少しばかり平和が続く。
その派手な戦争を防ぐとはつまり、泥沼の戦争を作るだけだ。
ご当人はそんなことを研究してるとは思ってないだろうが」

セリフはムツカシイけど、つまり魔女どおしの戦いになるのかな。なんかわくわく。
場面は本ばかりの部屋に変わったぞ。図書館か、ちがう。書斎ってやつかな。
するとあの椅子に座っているのがドクトル・トビタっていう学者さん?
学者っていうからお年よりかと思ったらずいぶん若い。いい男だし。
コーヒーを持ってきたのが、沙羅さん?ちがう。魔女だと分かるおばあさんの顔だけど、沙羅さんじゃない。
からだも年とってるようだよね。
でも沙羅さんのつぶやきが聞こえる。そうか沙羅さんが透視しているんだな。


「どうしてなの。あの魔女、ドクトル・トビタの奥さんになってる」
「まあ、たぶらかしたんだろうな。ずいぶん年上の魔女のようだし」
「魔女の顔のままでいる」
「それがどうした」
「仲がよさそう」
「だから何か別のことでたぶらしてるんだ。あっちが魔女の顔をさらしてるんなら、あんたが有利だ。美女になって…」
「やめたい」
「何を言ってる。悪魔の仕事は断れん」
「したくない。あの二人になにがあったか分からないけど、なにか大変なものを乗り越えたのに違いないわ」
「おいおい、あんたはもう一人殺したんだぜ」
「殺した?」
「ああ、あのホエルとかゆう奴、何を思ったか、昔の仲間と会った後に自殺した。
もっともその前に、魂としちゃ死んでいたがな」
「出て行って」
「なに」
「私の体から出て行って」
「そんなことは出来ないよ。あんたの体が灰になるまで、おれの体は離れない。
むだだ、やめろ。あんたの体が焼けるように痛んでいるだろ」

沙羅さん。ダカヒの心のつぶやきが聞こえるよ。ダカヒは困っている。
「ひえー、なんて力だ。まさかこの女、ひたかみの」とか言って。もう少し頑張れば。


「むだ、むだ。人間なんて家畜にすぎないのになにやってんだか」
「家畜」
「そうだよ。言っただろ。悪魔は人間の悲しみを食べると。
人間は悪魔が食事にするために育てている家畜にすぎないんだ」
「なにが言いたいの」

だめだよ沙羅さん。そんな口車にのっちゃ。もうちょっとだったかもしれないのに。

「俺たちがどこから来たか。俺たち自身、忘れている。宇宙とかから来たのかもしれない。
そんな大昔、俺たちの食べ物はまずかった。知能の足りない生き物の悲しみは単純だからな。
そこで俺たちは、比較的ましな生き物に知恵をつけてやることにした。それが人間だ。
人間は俺たちを悪魔と呼び、神に救いを求めたリする。だがな、神さまなんて見たことがないだろ。
そりゃそうだ。人間を産み出した”神”は、俺たち悪魔なんだ」
「悪魔が人を生み出した…」
「人間が書いた古事記(いにしえごとのき)にもあるだろ」
『火の十日があった。氷の千年がすぎた。人々が目覚めた。知恵がさずけられた』
「神話にすぎないわ」
「俺たちが人間に知恵をさずけた。そのことを人間も忘れてないからそういう神話が生まれた」
「神話が事実なら神もいるはずよ」
「救われる希望がなければ、それがないと知ったときの絶望もない。
だから神とやらを信じるのを俺たちは邪魔しないさ。だが、救いなぞ何処にも無い。
人間は悲しむために生まれてくるんだ。そして一番たくさん悲しむように育てられる。
戦争、暴政、疫病、飢饉。悲劇がなければおれ達が作る。知恵がつけばつくほど、悲しみはうまくなる」
「うそよ、人生には喜びもいっぱいあるわ」
「そうさ、喜びがなければ悲しみは深くならない。あんたは恋の喜びを覚えた。そしてどうなった。
とびきりうまかったぜあんたの悲しみは」
「ずっと私のそばにいたの?」
「だからあんたに呼び出されたのさ」
「私はただ悲しむために生まれてきたの」
「あんただけじゃない。人間はそのために生きているんだ。豚や牛が食われるために生きているのと同じでな。
余計な希望を持てば、その結果は、俺たちにとって、とってもおいしごちそうになる。
まだ何かを信じたいのか。いいだろ。信じてみるがいい。
恋の喜びの後に来た悲しみを忘れてしまっているのならな」

おかしいよ。ダカヒの言ってることは。うまく言えないけど、なんか変だ。
そうだよね沙羅さん。
どうしたの、何を考えてるの。


「救いってやつがあるとすれば、他人のことなど何も考えないことだ。
己が思うままに、己だけの望みのままに生きることだな。少なくとも、気楽だぞ。
うらやましいのだろ。あの魔女が。魔女の素顔のまま、男といちゃついてるあいつが。
あいつから男を奪え。男を殺してしまえ。あの魔女の悲しみはとてもうまかろう。
そしてそうするしかないあんたの悲しみも。ドゥワッハハハハ」
「悪魔…」

沙羅さん。沙羅さん。
うーん、ダカヒの心は読めるのに、沙羅さんの心はこの本にどうして書かれてないんだ。
あれ、また「続巻につづく」だ。



■巻の3「亜夜」

「ねえ、魔女の…」
やっぱり寝てる。さて、今日は。予想通り、続きを読んでいたな。でも、なんか都合が良すぎるような。
ひょっとして、僕に読んでもらいたがってるんじゃないだろな。
さて、何が見えてくるだろう。
…なんにも見えない。真っ暗だ。
でも遠くに小さな明かりが二つ。こちらに近づいて来る。松明だ。洞窟の中なんだ、ここは。
松明を手にしている人の顔がわかるようになった。若い男の人とおばさん。男の人は、ドクトル・トビタだ。
この前見たときより若いぞ。おばさん、この人も見たことがあるような。
沙羅さんのきれいだったときの顔に似てるけど、歳を取った沙羅さん?
違うよね。ドクトルが若いってことは、この前見たときよりも昔の場面のはずだもの。


「ついに見つけた。みてください亜夜さん。壁面一面に刻まれたヒエログリフ。なるほど、なるほど。
想像していた以上のことが書かれている。
これが関連を失った歴史の断面をつないでくれるリングとなるはずです」
「おめでとうございますドクトル。でも、何が書いてあるのでしょう。」
「概要だけでも知りたいでしょうね」
「はい」
「あなたを妻にしたことは私の誇りです。
よく苦難の多い旅に付き添ってくださり、私を支えてくださいました。
深く感謝します」
「ドクトルなにをいまさら」

あ、キッスだ。松明が下の方になって、よく見えないじゃないか。
…ながいなあ。早や送りできないのか。
やっと終わった。


「当然あなたには、ここに 何が書かれているか知る権利がある。
けれど残念ながら、それを今のあなたに教えることはできない」
「なぜでしょう」
「それをあなたに教えると、あなたは私を殺すからです」
「なにをおっしゃるんです」
「あなたがそうしたがっているわけではないことは分かっています。
けれどそうするしかないと思いこまされている。あなたの体に住み着いた悪魔によって」
「そこまで知っていたのかよ」

げっ、いやな声。このアヤって人の体にも悪魔がいるんだ。

「それでなぜ、ここまでやって来た」
「様々な失われた記録を発見するためには、君の協力が必要だったんだよデイビ。
君たちもまた失われた歴史を求めていたし、解読できない文字を私に読ませたがってたからね」
「ふん、俺の名前までお見通しか。だが甘く見たな。亜夜、こいつを締め上げろ。
俺たちに素直に協力したくなるまで、皮をはぎ、炎であぶってやれ」
「知っていたのですか、ドクトル。私の正体を」
「はい」
「私の素顔がこれであることも!」

わっ、亜夜さんの顔が恐ろしげなおばば顔に。
ドクトルの体が燃え出した。

「正体を知りながら、利用するために私と結婚し、愛しているとささやきつづけてきた。
ドクトル、あなたは悪魔以上の悪魔です」

亜夜さん。泣いてるよ。でも炎はもっとすごいことに。ごうごう燃えて、ドクトルの皮膚が泡だっている。
やだよホラーは。


「無駄です。イメージで私を焼くことはできない。本当に焼くしかないですよ、亜矢さん。
できますか。そのときは私は弱い人間、死んでしまうしかない」
「なぜだ。きさまいつそんな力を」
「力ではない。知識なのだ。真実を知ることによって無力にできるものがずいぶんあるのです亜夜さん」
「ふん。知識だと。うぬぼれをもたらしてくれるだけだな。
イメージが効かないならしょうがない、亜夜、少し本当に痛めつけてやれ。どうした、なにをためらっている」
「亜矢さん、うぬぼれで目が見えなくなっているのは悪魔たちです。
彼らは、自分たちが人間を作っただの、人間は自分たちの家畜だの、ばかげた歴史をでっちあげ
それを人間に吹き込んできました。しかも夜郎自大にうぬぼれた彼ら自身が、
いつのまにか自分でもそれを信じてしまい、自分たちの本当の歴史を失ったのです。
そしていま、自分たちがいったい何者なのか、分からなくなって不安になっている。
どうして取り付いた悪魔を消し去れる『ひたかみの人』などが生まれてきたのかと」
「亜夜、でたらめだ」

燃えているドクトルが亜夜さんを抱いた。

「亜夜さん。あなたは美しい。あなたの心が私には見えます」
「うそです。まだ私を利用しようと」
「あなたは私の妻だ」
「…」
「私は、人々を悪魔から救い出す方法を探してきた。そう思っていました。でもそれはウソでした」
「うそ」
「本当はあなたを救い出す方法が知りたかった。だから今日まで頑張れた」
「ぐっ」
「悪魔があなたをいたぶりはじめましたね。けれどあなたはひたかみの人だ」
「ひたかみ」
「詳しく説明していることはできない。信じるのです。亜夜さん。
あなたに取り付いた悪魔は強力なやつです。そいつを追い払うには死ぬほどの苦しみが何日も続くでしょう。
でも私はそばにいます。あなたの戦いを見守りましょう。焼くのです。私ではなく悪魔を。
あなたが勝つ!」

また真っ暗になった。
すごい悲鳴が。
誰の。悪魔の?亜夜さんの?

それにしたって、沙羅さんが全然出てこないまま
「作者の都合でまた次巻」だってさ。



■巻の4「ドクトル」

「魔女のおばさん」
都合よく今日も寝てるぞ。あの本出して。
絶対これ、僕に読ませたがってるよね。
そういうことにしよう。

またベットだ。
寝てるのはホエルじゃないか。
そばにいるのは魔女顔の亜夜さんだ。
「ホエルさん、起き上がれますか」
「はい、だいぶ良くなりました」

首筋に紐のような痣。そうか首をつったのかホエルは。


「たいしたことはしていません。あなたの心を支配していた魔女の力が強かったものですから、
私にはどうすることもできなかった。でも、その魔女に取り付いている悪魔は愚か者のようです。
あなたが死んだと思い込ませてくれました。そのおかげで救い出すことができました」
「私などをなぜ」
「もう少し回復させてあげたいのですが、今の私は力を温存しなければなりません」
「もう十分ですよ」
「いえ、まだ十分でないのは分かっているのですが、ここから出ていっていただけますか」
「なにかあるのですか」
「ドクトルに危険が、かつてなく強力な敵が迫っています」
「何だって」
「私は全力でドクトルを守ります。でも、ホエルさん、あなたを守ることまでは出来そうもありません」
「はい。足手まといにならないように、すぐにお邪魔しましょう。なんとしてもドクトルをお守りください。
あの人は生き延びなければならない人だ」
「はい。守ってみせます。それが私の生きがいですから」
「私を救うためになどにわずかでも力を使うべきではなかった」
「そんなことはありません。あなたも、生き延びなければならない人です」
「助けていただいてなんですが、僕はさっさと死んでしまうべき人間なんですよ」
「ドクトルが言ってました。ホエルはまた唄いますと」
「えっ」

ホエルが唄うって、またあのうきうきする唄かな?
あれ、好きなんだけど、ちょっとお尻がこそばゆいというか、なんか落ち着かないんだよな。


「…はい。唄いましょう。ドクトルがあきらかにしつつある真実を。希望の歌を。では」
(どこまですごい人だ。僕は魔女にとりこにされてしまったが、魔女をとりこにしてしまってる。
ご無事でいてください、ドクトル)

「ドクトル、いえあなた」
「なんでしょう亜夜さん」
「まだ、おまえとか呼んでいただけないのですね」
「うーん。年長者は敬うように子供のときから躾られたから、いくら奥さんでもおまえよばわりはできません」
「私の顔がこんなおばあちゃんだから」
「それが不思議なんです。どうしてベッドの中でだけ素顔になって、いつもはそんな顔に化けているのですか」
「だって、この顔のときにあなたが、愛しているって囁いてくれたのだから」
「でもベッドの中では我を忘れる」

抱き寄せちゃって。
あれ、亜夜さんの顔が中年のおばさんの顔に。悪魔を追い出しちゃったんだな。これが素顔なんだ。


「そしてこれがね」

亜夜さんが若返った。若返った姿は…、間違いない、亜夜さんは沙羅さんのお母さんだよ!
でも沙羅さんのおばあちゃんは「死んだ」って言ってなかったっけ


「一番きれいだったころの私」
「あんまり変わらないよ」
「うそおっしゃい」
「私が一番きれいで、そして一番おろかだったころ。つまんない恋に絶望して、悪魔に身を売った」
「その恋の話は聞いたことがないな」
「そんなことは一生知らなくていいの。でも、この姿を、一度だけあなたに見ておいて欲しかった。
そしてね、あなたに話してなかった私の秘密」
「秘密?」
「私には娘が一人います。名を沙羅とつけました」
「そうだったのですか」
「でも、捨ててしまった。母親なんて名乗る資格はない。
けれどあなたがいつか私に似た娘に出会うことがあるかもしれない。そんな気がするの。
そんなときは、幸せにしてるかどうか確かめて欲しい。だから言っておきたかった」
「自分はもう出会うことがないと?何かが起ころうとしているのですね」
「…危険が迫っています」
「そうですか」
「数日もしないうちに、近在の魔法使いを総動員しての攻撃が始まります。八人。
すでに囲まれていて逃げられません。七人はなんなく眠らせられるでしょう。
けれど一人、とてつもなく大きな力が」
「今度もまた亜夜さんの力を信じてはだめなのですか」
「ごめんなさい。お別れかもしれません。でもなんとしてもあなたには生き延びていただきます」
「それほどの力なのですか」
「あなたの心に悪魔を喜ばす絶望や悲しみがないのは知っています。
でも、あなたの心にある途方もない痛みは、ほんの少ししか分からない。
あなたの痛みにはなりたくなかった。思い出だけでいたかった」
「私が生きている限り、亜夜さんの思い出はいつも私のそばに寄り添ってくれるのですね」

ありゃりゃ、18禁映画の世界になっちゃうぞ。いいのかなー。
なんだ、もう場面が変わった。


まぶしい。すごい音だ。何かがどっかん、どっかん落ちてくる。爆弾か?
違う、星だ。夜空を焦がして燃えたぎる岩が次々に落ちてくる。

何もない岩だらけの荒野。椅子に腰掛けたドクトル。その前に立つ亜夜さん。その二人に星が降り注ぐ。
降り注ぐ星はドクトルの頭上で砕け散るけど、それがどんどんドクトルに近づいてきているよな。
ずいぶん離れたところに別の姿。亜夜さんとにらみあうように立っているのは沙羅さん。

闘っているんだ。違う、一方的な攻撃だ。亜夜さんはドクトルを守るだけで精一杯みたい。
沙羅さん、やめようよ。その人は、お母さんだよ。

あれ、いいとこなのにまた「次巻に続く」。

■巻の5「夜魔土」

「魔女のおばさん…」
あれ、今日は留守なの。
三回で終わらせるつもりだったから、毎回寝ててもらう予定が、五回を超えるとさすがに誰かさんも困っちゃったかな。
そこで都合よく、ちゃんと「置き忘れて」くれてるわけだ。続きの巻が。
でも、なんだ、あの戦いの続きじゃないのか。
狭い薄暗い部屋だな。中央のテーブルを挟んで10人くらいいるか。ホエルの顔もある。


「ひたかみというのは何だ」
「もともとは日が高くから射す地。人が住める土地という意味以上ではなかったそうだ。
だが西から武装した一団がやってきて、人々を支配した。
その支配された土地が夜魔土と呼ばれ、ひたかみは支配されない土地を意味するようになった」
「それは文明をもたらすとともに、暴力と抑圧をもたらした」
「西からきた人々が悪魔に導かれていたのか」
「悪魔に取り付かれた人間は特殊な能力を持つだけじゃない。周りの人々の欲望をあおる。
絶え間ない戦(いくさ)に駆り立てる。国を広げるだけじゃない、国を割り、再び互いに争わせる」
「夜魔土が広がり、ひたかみが限られた地域になると、そこがひたかみの国と呼ばれるようになった。
だが、そこは本当は国ではなかった。国王などはいない。人は平等に暮らしていた」
「まだその国がのこっているのか」
「いや、ひたかみの国は滅んだ。今ひたかみの人と呼ばれるのは、悪魔を退ける支配されない力を持った人々だ」
「そんな人がいるのか」
「それがいるのさ。類人亜種寄生体に対する耐性が人の中にもある。まだ一部の特殊な人にしか現れてないが」
「ルイジンアシュ…、なんだよそれ」
「ドクトルは悪魔をそう呼ぶ」
「しかし悪魔はなんのためにそんなことをするんだ」
「人の悲しみを食べるからだというのは本当か」
「人間は悪魔の家畜だとか」
「でたらめさ。悪魔はそうしたいから、そうしているだけだ。
なぜそうしたいのか悪魔自身が分からないでいる。ドクトルはそう言っている」
「悪魔自身が分からない?」
「俺たちがなぜ生きたいのか、そう聞かれても、生きていたいから生きるとしか答えられないようなものか」
「似ているが少し違うだろう」
「だがはっきりしていることがある。悪魔自体に力があるわけじゃない。
やつらは人間に取り付き、その能力を引き出し、操るだけだ。
やつらがいなくても人間はやっていける。だが奴らは人間がいなければ無力だ。寄生虫みたいなもんだ」
「だが悪魔を自らの体に引き入れるのも人間だ」
「悪魔と契約できる能力を、なにか選ばれた者の証だとうぬぼれ、安易に力を欲しがる」
「しかしそうせざるを得ない人間の無力さがある」
「絶望を一度も知らないでいられる人間がいるか。
その人に悪魔と契約する力があったとき、悪魔を受け入れることを責められるだろうか」
「悪魔を拒否することはできない。ただ闘い、乗り越えるだけだ。ドクトルの言葉だよな」
「そうだ。ドクトルは、ある意思が、ある目的のために悪魔を生んだのではないかと考えている。
悪魔はその意思にとって必要だったのだと」
「なんだそりゃ。神さまのことか」
「違う。もっと具体的なものだ。ドクトルは氷の千年について調べている」
「氷の千年!神話時代じゃないか」
「ただの神話じゃない。その背景には…」

なんか退屈なセリフが続くな
眠くなりそう
アクションはないの
おや、急にあわただしい声が


「見張りから連絡が入った。保安隊の集団がこちらに近づいている」
「手入れか」
「まさか、この隠れ場が見つかるはずはない。どこか別のところへゆくのさ。音をたてず身を潜めていれば」
「いや、用心に越したことはない。散会だ、みんな逃げろ」

ドン、ドン、ドン
「逃げられんぞ、おとなしくドアを開けろ」
「あきません」
「体当たりしろ」
「無理だハンマーを持って来い」

「間に会わなかったか!扉のかんぬきを増やせ。荷箱を前に積むんだ」
「そんなことをしても逃げ道が」
「心配するなこれがある」

ぎー

「地下通路。いつの間にこんなものを」
「説明はあとだ、みんな早く」

ドカン。どさ
ドドドド


「よし突破した。踏み込め」
「どういうことだ、誰もいない」
「バカな。人の声が確かにしてたぞ」
「床下に変なものが。あっ、床下にトンネルが掘られています」
「追いかけろ」
「ちくしょう、狭いぞ」
「真っ暗だ」
「路が分かれている」
「おまえ、そっちへゆけ」
ドサ
「いてて、なんか落ちてきた」
「これは外にいるはずの隊長!」
「おい、蓋が閉まったぞ。開かない。重い。力をかせ」
「狭いから無理だ」
「そいつを踏んづければいいだろ」
「いいのか。知らないぞ」
「しょうがないだろ。それにどうせ気絶してるよ隊長は」



どうやらみんな無事に逃げたみたい
それで、この二人はだれなんだろう


「どうやら追いかけてこないな」
「やれ、やれ一安心だな。しかしあんな仕掛けがあるとは。俺にも教えずによく作れたもんだ」
「本当に役に立つか自信がなかったが、うまく行った。同じ手はもう使えないが。
しかし、どうして今夜の集まりが保安隊に知れたのだろう」
「だれかスパイが俺たちの中にいるんじゃないか。動く城に魔法使いを入れてしまったやつがいるはずだ。
でなければ亜夜さんが作った城が間単に破壊されるはずはないだろ。おかげで俺たちは大事なアジトを失った」
「内通者?そんなやつはいないよ。みんな仲間だ」
「怪しいのがホエルだ」
「どうして」
「なんであんな堕落した奴がまた戻って来たんだ」
「ホエルを許したのは俺だけじゃない。みんなで決めたことじゃないか」
「そりゃそうだが」
「星が見える。軍神の赤い星」
「話を変えるなよ」
「四年前の、やっぱりあの赤い星が大きく輝いていた夜。俺たちは地上の軍神の横暴と闘うことを誓った。
ホエルをリーダーに。思い出さないか。たった四年前なのに、ずいぶん自分が歳を取ったような気がするよ」
「若かったよな。怖いものないしだった」
「ルイジンアシュキセイタイ」
「悪魔もそう呼ぶと、なんとかなるように思うことが出来る。呼び名を変えるだけで勇気が湧くから不思議だね」
「ドクトルの次の論文で提案されるはずの用語だ。俺は手稿で読ませてもらった。でもまだ発表されてない」
「…そうだっけ」
「ドクトルの居場所がなぜか保安隊に知れたことがあった」
「そんなことがあったのか」
「ああ。亜夜さんに守られてドクトルは間一髪逃れた」
「そりゃよかった」
「けれど手稿は当局の手に落ちた」
「…」
「俺たちの戦いは厳しいよな。だれからも拍手されない。変人扱いされるのが普通だ。
いつまで続くのかも分からない。ホエルのように迷う奴がいる」
「俺は迷ったりしない」
「それは信じているさ。でもホエルのように帰ってくるやつがいる。
俺たちの集まりが、いつでも帰ってこれる場所でありつづけるといいんだが」
(甘い願いなんだろうか)

じ、地味だよ。
どうしてあの戦いの続きにならないの。
沙羅さんも、亜夜さんも出てこないまま「次巻に続く」って、そりゃないよ。
おばさんに文句言ってやろうか。
留守じゃそうもいかないしなぁ。



■巻の6「イル」

鳥は去れ!全ての空から!
星は堕ちよ!すべての空より!


わわ、びっくりした。
今日も魔女のおばさんは留守。ちゃんと忘れてくれてた、そいつを開いたら
いきなり戻っちゃったよ、あのシーンに
空の星が亜夜さんとドクトルの頭上に集まって来る
そして…沙羅さんの呪文が響くと
ものすごい光の柱になって
落ちた!
画面はスローモーションになって
光の柱が亜夜さんとドクトルを貫いて
二人が燃え上がる
亜夜さんの服が燃えて、誰やらが好きそうな熟年ヌードになってゆくぞ
ドクトルは…蒸発するように消えて行く
亜夜さん、ゆっくりと振り返り、消えてゆくドクトルに抱きつこうとしながら
倒れた。
動かない。

静かになっちゃった。

「グワッハハハハ」

ダカヒの声か。

「殺ったか」
「ええ、死んだわ。この魔女」

(びっくらこいたぞ。すざまじい攻撃だった。この女に取り付いたのは幸運だったな。大幹部も夢じゃない)
「ドクトル・トビタは死体も残さず燃えたようだな」
「おかしい」
「なにが」
「この魔女の体に、悪魔が取り付いていない。刺青がない」
(イルの一派ではないのか。まさかひたかみ。ひえー、思っていた以上にやばい仕事だったんだ。
エライさんたち、何も教えずに危ない仕事をさせてくれるもんだ)
「まっ、あまり気にするな」
「それに、この顔。死んで素顔を晒しているはずなのに、魔女の顔に戻らない」
「どうでもいいだろ。くだらないことを気にするな」
「どういうことなの。あなたなら説明できるのですかドクトル・トビタ」
「なにぃ、ドクトルだと」

蒸発したはずのドクトルの姿が巻き戻しのように現れて
亜夜さんの体を抱き上げた


「そうです。私の妻は己の体に取り付いた悪魔を消し去りました」
「そんなことができるのですか」
「できます。できると信じるのなら。言葉で説得しようとしてもあなたは信じられなかったでしょうね。
妻は、己の死で、この体を晒すことで、あなたにそれを伝えたかったのでしょう。
それが私が助かるかもしれない唯一の方法だと思ったのかい…亜夜」

「さっさとこの男を殺せ!」
「黙って!」

「今、亜夜って呼びましたよね。その人を。それにその人の顔、私の祖母に似ているんです。まさか」
「あなたのおばあさんに?ひょっとしてあなたの名は沙羅」
「…」
「沙羅さん、あなたも気づきましたね。今私が抱いている亡がらは、あなたのお母さんです」
「死んだと聞かされていたのに。今、私が殺してしまった」

「ホラに耳を貸すな。分かるだろ。トビタとか、とびたかとか、そういう名前の奴は口からでまかせが得意なんだ」

「亜夜に取り付いた悪魔は強力なやつでした。それを消し去るために、妻は随分と自分を傷つけました。
しかし幸いなことに」

ひえー、ドクトル・トビタ、ずいぶん怖い顔もできるんだ。

「沙羅さん、あなたに取り付いている悪魔は、雑魚だ」
「ふざけるな、この偉大な悪魔ダカヒさまに向かって」

「消えなさい!」

沙羅さんの体が輝く
服が燃え上がり、おお、ぴちぴちヌード。
ダカヒの刺青が歪む。顔が悲鳴を上げてるけど、声も出せずに消えてゆく。
沙羅さんの顔が、あのきれいな顔に戻った。
そして、亜夜さんの体を抱いたままのドクトルの前にがっくり。へたり込んだの?
違う、ひざまづいているんだ。


「ドクトル。教えてください、あなたと母がなにをしてきたのか」

がらりと場面が変わった。どこだここは。
石を積み上げて出来た部屋。お城の中か。
豪華な装飾の家具ばかりだけど陰気なかんじ。
おまけに怖い顔したおじいさんが一人。
それにしても惜しいな、美人さんに戻った沙羅さんのフルヌード、もうちょっと見たかったのに。

「イルよ、見たな。ひたかみが一人死んだが」
「代わりに、もっとやっかいなひたかみが生まれましたな。東のダキさまの国のこととはいえ」

一人でぶつぶつ言ってるの?
違うか。この人が西の国の魔法使いイルだな。
男の魔法使いバージョンてこんな顔をしているんだ。
取り付いてる悪魔と話しているわけか。


「ふふふ、ダキのやつ、ずいぶんドクトル・トビタのことを気にしていたわりには、下手なことをしたもんだ。
あのひたかみと一緒に姿を消したら、また見つけ出すのは難しいぞ」
「ドクトルについてるひたかみの力を確認するだけのつもりだったはず。
あんな雑魚が取り付いた女に、それほどの力があるとは思わなかったのでしょう」
「お前、思っているな。分かるぞ。自分に取り付いた悪魔があのような雑魚であってくれたらと」
「まさかザンダさま、そんなことは
…隠しても無駄ですか。思いますよ。人は私を恐れる。そして軽蔑している。
ですから私が直接に支配するのではなく、王族どもをおだてて使ってます」
「だが本当の権力はお前にある、それを思う存分に楽しめ」
「はい、権力とは楽しいものです。力でねじふせなくとも、いろんなやつが尻尾を振ってくる」
「そして誇りに思え。
愚かな人間どもには分からないだろうが、悪魔と契約したお前たちがいなければ、
人間はいまだ森の中で獣に怯え、病と飢えにさらされ続けていたのだ。
わずかな食い物を分け合っていては文明など生まれぬ。学門も芸術もない。
独り占めにするやつらが生まれ、働かないで、色々と考える。芸術とやらにふける」
「その知恵をさずけてくださった悪魔に感謝もしないで、ですね」
「それは皮肉か、イル」
「それこそまさかです」

イルの姿が変わった。立派な顔じゃない。なんか偉そうというか、王様にでもなれそうな感じ。
本当の王様になりたいのだろうか。
それにしても、取り付いてる悪魔の名前がザンダ?。普通はサタンとかだろ。
そういや、ゲームのラスボスのサタンを、サンタと思ったまま倒したやつがいたよな。


(無駄なことと知りつつ、この男まで、なにか考え始めておるか。
分かっているのかダキよ。ドクトル・トビタ、お前が思っているい以上に危険だ。
千年近く人間どもを操ってきたが、このひたかみとのいくさ、
下手をしたら、我々が人間の道具だったにすぎないことになるのだぞ)

ザンダ心のつぶやき、どういう意味だろう。
解説がないまま、この巻もここで終わりか。いつまで続くんだ。



■巻の7「火禍呑」

うららかな日差しだよ。
田舎だね。遠くの山がきれいだ。
珍しく気持のいい風景から始まった。
でも目の前にあるこれ、お墓だ。
亜夜さんのお墓。
やっぱり死んじゃったのか。
○ラゴンボールじゃないし、蘇らないよな。
だれか来る。
沙羅さんと、あれはアキラさんか。

「沙羅さん、もう行ってしまうのですか」
「はい、母のお墓を、故郷に作ってあげたかっただけですから」
「僕は君を待っていた。けれど」
「可愛い奥さんと可愛い赤ちゃん。お幸せだということを知って私も嬉しいのよアキラさん」
「本当にそう思ってくれるのかい」
「もちろんよ。そして私も幸せにしてます」
「いい人がいるんだね」
「そうじゃなくて、するべき仕事が見つかったの」
「仕事?」
「そうなの。とってもやりがいのある。それじゃ、さよなら」
「次はいつ帰ってくるの」
「それが分からない」
「それじゃ僕が君のお母さんのお墓をときに掃除してあげよう」
「そうしてくださるならとっても嬉しい」

いきなり汚い部屋。
むさい男の部屋だ。


「ところでホエル、最近は物語も書いているそうだな。突拍子もないやつ。
読んだぞ、尻から火を噴く船に乗って月に行く。あんなバカ話をだれが読むんだ」
「お前のようなやつさ」
「売れてるのか」
「少しばかりな。今度のは、もっとすごいぞ。火禍呑という爆弾が出てくる」
「ヒカドン?」
「ああ。この爆弾は、たった一つで都市全体を炎で呑み込み焼き尽くす。
その上、数百年に渡って残る毒を振りまく」
「そりゃまたメチャクチャだな。西の国で作られているという噂の魔法兵器の話も線香花火の話のように思えるぞ」
「この火禍呑を西の国も、東の国も、いや世界中の大国が持つ。
何千何万と。そして尻から火を噴いて世界のあらゆる場所にあっというまに飛んで行く船に乗せている」
「おいおい、何のために。世界を滅ぼしたって誰も得しないじゃないか。持ってたって使えない兵器だ」
「どうしてそんなメチャメチャな世界が生まれるのか、そこをもっともらしく書くのが難しい」
「そんなお遊びの話でなく、反戦物とか、もっと役に立つ話は書かないのか」
「突拍子もなさすぎるとは俺も思う。でもドクトルの依頼だもの、なんとか書く。
それに書いてるとなんとなく、ありそうな話に思えてくるんだよ」
「ドクトルが?ひょっとすると、尻から火を噴いて星まで飛んで行く船の話もか」
「あの人は想像力もとんでもない人だ。国と国の争いが頂点に達したとき、使えない兵器のはずが使われる。
火禍呑が世界中に降り注ぎ10日で世界は焼き尽くされた。だが、生き残ろうとした人々がいた」
「どうやって」
「地下深く死経塔というものを作った」
「シエルタ?でも地上には毒があるんだろう。地下にいたって食い物も水もなけりゃ、そのうち死ぬだけだろ」
「だから眠りにつく。自分たちの体を凍らせて。地上の毒がなくなるまで、千年の眠りに」
「おいおい。火の十日があった。氷の千年が過ぎた。地上に人々が目覚めた。古事記の冒頭…か」
「ドクトルはその神話について何かを伝えたいようだ」
「神話は神話だ。なに考えてるんだか、ドクトルは。いいのかホエル、おれ達、こんなことをしてて。
歌だ物語りだと、そんなことで戦争が止められるはずない。もっとやるべきことがあるんじゃないか」

街中だ。にぎやかだな。お祭りでもあるんだろうか。
きょろきょろして歩いているおじいさんがいるけど、危ないよ。ほら男の人にぶつかって転んだ。

「気をつけろ!」
「痛たたた」
「なんだ、じじいか」
「まってくだされ。そこの人、ちょっと起こしてくださらんか」
「なんで俺が」
「おお、痛い痛い。こんな年寄りを助けてくれるような人はだれもおらんのよな。
世も末じゃ、嘆かわしい。道行く皆様方、この男が」
「うるさいな。ほれ起き上がれるか」
「これはこれは、親切にのう」
「じゃ、もう余所見しながら歩くんじゃないぞ」
「ちょっと待たれい」
「なんだよ。俺は急いでいるんだ」
「親切ついでに教えてほしんじゃが、あれは何かのう」
「あれ?」
「ほれ、あちこちに貼ってあるあれじゃが、目が薄うなってよく読めん。同じ男の顔のようじゃが」
「手配書だよ。ドクトル・トビタってやつの。じゃあな」
「いっぱい貼っているということはそんなに悪いやつなのかな」
「こら手を離せ。困ったじいさんだ。教えてやるよ。西の国が戦争の邪魔をするために送り込んできたスパイだ。
ホエルの一味とかを操っている」
「吟遊詩人とかも悪いやつなのか。わしゃ若い詩人たちの歌が好きじゃがな」
「バカだから利用されているんだろう。俺の昔の友達にもホエルの仲間になっちまった奴がいる。
西の国と戦争してるとき、戦争の邪魔をするってことは、
西の国の味方をするだけだってことぐらい分かりそうなものなのにな」

おや、女の人が近づいてきた。沙羅さんだ。

「おじいちゃん!こんなとこにいたの。もー勝手に出歩かないの。すぐに迷い子になるのに。
ご迷惑をおかけしませんでしたでしょうか」
「この人は親切なかたでの、わしが転んだのを起こしてくださった」
「まー、それは、本当にありがとうございました」
「いやー、それほどのことは。ところでお嬢さん、みかけないかたですが」

鼻の下を長くするって言葉、本当なんだ

「はい、私は最近…」
「これ、沙羅さん、この方は急いでおられるそうじゃ。そうでしたのう。引き止めては失礼じゃぞ。それ行こう」
「あら、そうでしたの、それは残念ですわ」

あれ、おじいさん、元気そうに沙羅さんを引っ張っていく。

「ドクトル」
「なんですか」
「言っておきますが、ドクトルの変装、おもいっきりヘタクソです」
「おや、そうですか」
「私が目くらましをかけてなかったら、すぐに手配書の人間だとばれてしまいますよ」
「かけてくれてるから大丈夫でしょう」
「もう。心配ばかりかけて。なんの必要があって街に出てきたのですか」
「街の声というのも時には聞いておかないと」
「そんなことは私やホエルたちがたびたび話してさしあげてるでしょ」
「生の声を聞きたいのです。それに、そのホエルたちですが」
「ホエルたちが?」
「若い人たちが、また少し焦っているようです。これが、気が遠くなるほど長い戦いになるかもしれないこと、
もういちどゆっくり話しあう必要があると思いましてね」
「若い人たちって、ドクトル、私より八歳年上でしかないでしょ。知ったときびっくりしました」
「そんなに老けて見えますか」
「そういう意味じゃなくて。お母さんの夫だったし、ものすごく大人に見えてたし。でも八歳違いなら」
「八歳違いなら?」
「いえ、なんでもありません。それより、気が遠くなるほど長い戦いになるのでしょうか」
「千年続いた悪魔の支配。覆すには百年では足りないかも。いや千年であろうと戦い続ける覚悟が必要です」
「そんなに長くドクトルのお供ができるとすれば、楽しいでしょうね」
「はっ?」
「いえその。わたし生きぬいて闘います。たとえ千年であろうと」

(完)

あれ、終わった。
なんだ、ずいぶんあっさり終わったよな。
でもはっきり分かっちゃったよ。

「千年であろうと」だもんね。沙羅さんは、魔女のおばさんの若いときなんだ。


■余の巻「ひたかみ」

「こりゃ小僧!」
「げっ、おばさん」
「やっぱり。勝手に読みおって」
「ひえー、ごめんなさい。そんなに読んじゃいけない本だったの。なんでおばさんの過去を隠したがるのさ」
「過去?なんの話じゃ。その本はR12指定じゃ、お前が読むには早い」
「えっ、読んじゃいけない理由ってそれなの」
「そうじゃ。ちょっとエッチな場面や、グロな場面があったじゃろ」

なんかうそくさいな。やっぱりテレてるんだ。
昔は美人だったし、悪魔と闘ってきたなんて、カッコよすぎる話だものな。


「ゴマかさないでよ。おばさんの名前は沙羅っていうんでしょ」
「沙羅?ちがうぞ」
「ちがうの?」
「わしの名前はサリーじゃ」
「サリー」
「いや違った、メグじゃ。魔女っこメグちゃんとか呼ばれてな」
「メグッ…」
「あれ、それともルンルンじゃったか。いやー古い話なんで忘れてしもうた」
「忘れたって、この本を読んで昔のことを思い出していたんじゃないの」
「昔の?おぬし、言うことが変じゃと思うたら、ものすごい勘違いをしておるな」
「勘違い」
「その本は、はるか未来についての予言の書じゃぞ」
「未来?」
「だいたいおぬしにはムツカシすぎると思うが、ちゃんと話が分かったのか」
「ムツカシイところとか、眠いところは適当に飛ばして読んだんだけど」
「やれやれ、ではここらも読んでおらんな。ほれ読んでみい」

夜だ。赤い星を、沙羅さんとドクトルが見上げている。ずいぶんくっついて。恋人どうしみたいに。

「沙羅さん。あの星まで船を飛ばした人たちがいたのですよ」
「まさか。ドクトルの話はすべて信じたいのですけど、どんなおとぎ話より信じがたいお話です」
「そうですね。だから誰も悪魔の正体にたどりつけなかった」
「悪魔と、星まで飛ぶ船になにか関係があるのですか」
「火の十日、氷の千年」
「神話ですよね」
「火の十日が避けられないことを覚悟したある人々が、本当に千年を眠ったのです。
私はその遺跡を世界の各地で見つけました。たいていは深い洞窟の底でしたが」
「星まで飛ぶ船が本当なら、そんなことも本当にあるかしれないけれど」
「おそらくは数万人もいなかったであろう人たちが、千年の眠りから覚めたところから
歴史をやり直すことになったのです」
「歴史のやりなおし?」
「古代人たちの文明が生まれ、育つのには数万年が必要だったようです」
「数万年。この世って、そんな大昔からあったのですか」
「文明に到達するまでに数万年。その文明が世界に広がるのに数千年が必要でした。
戦乱と抑圧の数千年が。だから古代人たちは、あるものを作り上げ、それもまた眠らせました。
人が目覚めるとともに目覚めるように。あなたのお母さんのおかげで、その跡を見つけることできたのですが」
「あるもの?」
「類人亜種寄生体。人間に似せられて生み出された、人間に寄生する生命。悪魔です」
「悪魔を!なんのために」
「人が人を支配し、あい争う世界にするためにです」
「なんの必要があって。古代人は千年の眠りの果てに、また悪夢を見たいと願ったのですか」
「再びすばやく文明を築きあげるためです」
「ドクトルのお言葉でなければそのような、人間を辱めることば…」
「そうです。人は仲間がいなければ淋しい。仲間に認めてもらうのが一番の喜び。群れる生き物。
人が人を支配し、争うなど、不自然なのです。しかし、文明とは、その不自然な劫火をくぐらなければ発達しない。
古代人たちはそれを知っていました。
古代人が数万年をかけて到達したその状態をすばやく作り出すために悪魔が必要だったのです」
「どこまで愚かだったのでしょう、古代人とは。
戦場で無念の思いを抱いて死ぬ人々の思い、子どもを、恋人を失った人々の涙、
それが必要なものだったというのですか」
「むごい現実ですが必要だったのです。けれど悪魔は乗りこえられます。
古代人が本当に願ったのはそのことです。悪魔は必要である。しかし文明が育ち、必要でなくなる時が来る。
悪魔を拒否しても未来はこない。悪魔を乗り越えたところにそれはあるはずだと」
「そのときはいつ来るのでしょう。まだ悪魔を必要としている人がたくさんいる」
「悪魔がもう必要でないかどうか、これは願いの問題ではなく、
悪魔と戦いそれを滅ぼすことができるかどうか、実行の問題なのです」
「願うだけではひたかみは生まれないのですね。
人が人を支配することのない永久(とわ)に栄える平和の地。ひたかみ」
「古代人が実現できなかったその夢、今度こそかなえたいものです」
「でもどうして火の十日が避けられなかったのでしょう」
「世界を滅ぼすほどの文明があれば、もう人が人を支配するなど余計なことだったでしょうね。
けれど、人による人の支配、それがもう本当に必要ないかどうか。それは願いだけでは分からないこと。
彼らも己の心に取り付いた姿なき悪魔と闘わねばならなかった。
そしてついにひたかみの地を作ることはできなかった」


「どうじゃ小僧。この予言どおりになると思うか。それとも?おぬしが大人になったとき…やっぱり寝たか」