あやかしゲ原
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旅人の 必ず通るてふ となりの国への 山道の中程に、
ぽかっと ひらけた 原っぱが ござってのう。
そこを、誰言ふとなく 「あやかしガ原」と 呼ばふとかや。

商人(あきんど)の 通りたるときには こがねの触れ合う音がする
女(おみな)通りし その時は 赤児(あかご)の 泣きたる 声響く
猛き 男(おのこ)の 行きし日は 手弱女の姿(かげ) 横切りて
ひらひらひらと 手招くそうな
うわさ話は 噂を 呼びて 日の暮れ過ぎは 人影も無し

ある日 大家の 嫁取りに 招かれ 酔った ジジ様が
連れの 提灯 見失い 困り果てたる その時に
向こうから来る ぼんぼりの ゆらり ふわり と 揺れ揺れて
おいでおいでと 招くげに

さては こいつが ひとのいふ あやかしゲ原の 怪ならめ
さても どうした ものじゃろか

ゆらり ふわり と 近づきし あやしの灯り よく見れば
年の頃なら 十五・六 切って揃えし 前髪の 頬の赤さも 抜け切れぬ
我が孫娘と うりふたつ

出たか あやしの 化け物よ 我を 騙して なんとする

そこへ 娘の 言う事に
何をおっしゃる お爺様 あなたの 孫に ござります
遅い 帰りを ただ案じ 出迎えいたしたく まかりこしましてそろ

いやいや 孫を ただひとり こんな夜更けに 迎えなぞ
わしの 息子が さすものか おまえは ここの 性悪(わる)狐

娘は よよと 泣き崩れ 情けなや お爺様 わたしの顔をお忘れか

いやいや 孫に うりふたつ よくもまぁ 見事な 化けっぷり
ほめてやろうぞ 可愛いぞ どうせ 女に 化けるなら 死んだ女房にと
所望する なあなあ 情けのあるならば ひと目 逢いたや 頼みます

その声 聞いて あやかしの原に住みたる 古狐
こん と 一声 ジジ様の 死んだ女房に 化けて出た

孫は 驚き ジジ様に 思わず すがりつきたるが
ジジ様も また 驚きて なんと おまえは 本物の 孫であったか 嬉しいぞ
狐よ おまえも ありがとう よくぞ 女房に なっておくれだ なつかしや

心ばかりの 礼です と 婚礼料理の 土産の品を 狐に献上したそうな

さて それ以来 あやかしの 原に 住みたる 古狐 立派な社殿を
こしらえて 篤く 奉じて もらったと 里の噂と なりにけり 
心優しき 古狐 悪さは こん(とん)と せぬそうな